前編でも触れたように、僕はこの先の数年でブランドと顧客の関係性が一変するのではないかと考えています。今まで、企業やブランドは顧客にとってネットストアも含めてお店で出会う存在でした。買い物のときにのみ接点がある、点と点のような関係性です。これでビジネスが成立していました。しかし、2020年代以降、ブランドは顧客にとって、生活の中でいつも寄り添うパートナーのような存在に変わっていくのではないかと考えています。バーチャルKeynote Speech in 北京（後編）では、顧客とブランドの関係性に関するUXデザインについてまとめていきます。前編は<こちら>から。

1.ブランド体験をつくるテクノロジーの存在は、ますます重要になってくる。

資生堂が扱う「美」は、メーキャップだけでなくスキンケアやヘアケアなど多岐に渡り、性別にかかわらず、人々の暮らしに深く根づいたものです。その意味で、製品をつくるサイエンスだけでなく、製品をとりまく「体験」をつくるテクノロジーの存在は、非常に重要になってくると思います。

一方で、テクノロジーは人間の生活に寄り添い馴染むべきだとも考えています。テクノロジーファーストなプロダクトやサービスが顧客に響くとは限りません。特に、女性はよりシビアにプロダクトを判断する目を持っていると思います。ただ単にテクノロジーが優れているということに飛びつかない。やはり、自分の生活をどのように変化させてくれるのかをクリアに想像できなければ必要とされないでしょう。ビューティの領域では、生活をより良くする縁の下の力持ちとして、テクノロジーは寄り添うべきだと考えています。

2.  ブランドは、顧客にとっていつも寄り添うパートナーのような存在へ。

「顧客とブランド」という関係性は、徐々に古いものになっていくのではないかと思います。今後ブランドは顧客にとっていつも寄り添うパートナーのような存在で、誰よりも深くあなたこと知り、より明確なアドバイスやサポートができる存在に変わっていくのではと考えています。

趣味嗜好から睡眠のデータ、ストレス（自律神経）の状態、肌のコンディション、食生活、運動量、最近使っているスキンケアなど、様々な要素を踏まえた上で、さらに季節や天候、その日のスケジュールを計算して、

「次の打ち合わせまでちょっと時間があるし、最近運動不足気味だから歩いてみるのはどう？」「冷蔵庫にあるものでスムージーを作ると、肌の保湿に効くよ」
「ところで今つけてるピンクのリップ似合ってるね！」

こんなふうに、さりげなく素敵にリコメンドしてくれる。家族または親友のように自分のことを知っていて、必要な時に必要な情報を提供してくれる、そんな存在です。

今もアップルウォッチをつけていると、そろそろ立って一息付きましょうというリコメンドが数時間おきに出てきますが、これの超進化版だと考えるとわかりやすいと思います。これらはデジタルテクノロジーの進化があるからこそ実現できる関係性です。

自然言語処理技術、ウェアラブルデバイス、表情解析、非接触での肌コンディションのセンシング技術などさまざまな技術的なハードルはありますが、今後ブランドは最新テクノロジーを駆使することでユーザーとの距離感をいかに縮めていくかが課題になっていくのではないでしょうか。消費者の目線からすれば、お店で販売員からアドバイスを受けるという以上の体験が待っていると思います。

企業やブランドに何でも知られてしまうことが怖いと考る視点もあると思いますが、それを乗り越えてさらに顧客とブランドの関係性は進歩していくと思います。そこに理想的な関係性があるような気がしています。

また昨今、デジタルテクノロジーが進化してきているからこそ、商品を購入するという体験自体も大きく変わろうとしています。それに加え、今はお店に行くのが難しい状況となってしまいました。ブランドは新しい販売方法を模索しなければなりません。このパンデミックのシチュエーションは、この流れをさらに加速させるものだと思っています。

2020年8月、東京の銀座にSHISEIDOのフラッグシップストアがローンチしました。ここは、上記の考え方をもとに作られた新しいテクノロジーを利用した体験ができる施設です。写真を取るだけで最適なファンデーションをリコメンドしたり、香りと音、光で五感を刺激して美の力を呼び覚ます体験ができたりします。今はこの施設でしか体験できませんが、いずれは身近な存在になっていくのではないかと思っています。

この状況が改善したら、ぜひこのSHISEIDOフラッグシップストアに足を運んで、実際に美のイノベーションを体験してみてください。