資生堂は来年2022年に創立150周年を迎えます。そこで、今日から3回に渡って、資生堂のブランディング事例についてグラフィックデザイナーである僕の視点からシェアしていきたいと思います。
なぜ、このブランドがここまで続いているのか。様々な時代のうねりを乗り越えながら長い歴史を歩み、ファンを獲得し信頼され続けているのはなぜか。化粧品としてモノがいい、パッケージが素敵、イメージが洗練されている、モデルがかわいいなど、化粧品ブランドには色々な価値があると思いますが、今回は少しニッチにグラフィックデザインの観点から、資生堂のブランディングを歴史に沿って紐解いていきたいと思います。
Vol.1 資生堂書体
Vol.2 資生堂ロゴと花椿マーク
Vol.3 唐草と資生堂レッド
第一回目の今日は、資生堂の書体についてです。もしかしたらこのブログを読んでくださる方の中にはすでにご存知の方がいるかもしれませんが、資生堂は独自の資生堂書体というフォントを自社で開発しています。この書体は100年以上前に生み出され、今もなお使われ続けている書体です。
資生堂に新入社員として入社したデザイナーは全員この資生堂書体の練習を半年から一年間かけて行います。縦が7で横が5という縦長のプロポーションで、線の太さや長さ、トメやハネ、ハライにすべてにルールがあり、この曲線には資生堂の美意識が詰め込まれているとさえ言われている書体です。新人デザイナーは、必ず自分の手でこの優雅でなめらかな曲線が書けるようになるまで練習を続けます。
この書体はいまだにフォント化されていません。使う際には一から手書きをして、パソコンでトレースしなければなりません。使う回数は昔ほどは多くないとは言え、こんな非効率なことをテクノロジーが発達している現代でなお資生堂は実践しています。
なぜフォント化されていないかというと、それは資生堂書体にはたった一つの答えは存在しないからだと言われています。資生堂書体は厳密なルールに基づいているのですが、前後の文字に何がくるか、ひらがなか、カタカナかとか、またはキャンペーンの内容やコンセプトに応じてデザイナーがアレンジを効かせて、初めて完成するというとても手間がかかるものです。一見同じように見える書体でも、書いたデザイナーによって絶妙に異なるというのが資生堂書体です。
このような独自のフォントを広告キャンペーンに使ったり、様々なコーポレート・コミュニケーションの中に使っている会社は、世界的にも例を見ないのではないかと思います。しかし、それほどに、資生堂のデザイナーはこの書体に魂を込めていて書いています。
僕は2019年に横浜にオープンした資生堂の新しい研究施設S/PARKのブランディングを担当した際に、資生堂の絶対的な価値軸である『美』という文字を資生堂書体で書いたものから、デザインを展開させていきました。
ロゴに始まり、S/PARKのフォントやサイン・グッズなど、この資生堂書体の美しい曲線を生かしたクリエーションに発展させました。
100年間も一つのルールのもとに、いろんなデザイナーが資生堂の美とは何かと真剣に向き合って書き続けられてきた資生堂書体。このフォントが使われたデザインから、少しでも「資生堂っぽい感じがするな」と思ってもらえたら嬉しいです。
文字ひとつからでも、ブランドらしさや商品の持つ魅力を伝えらることができることこそがデザインの力なのだと、僕は信じています。