今日は前回のVol.1に続き、花椿マークというコーポレートマークと資生堂の欧文のロゴタイプについて、その変遷を紐解きながら資生堂のブランディングに対していかにグラフィックデザインが貢献しているか、ご紹介したいと思います。
花椿マーク
1872年、今から約150年前に創業した資生堂は最初は洋風の調剤薬局として銀座で創業しました。創業当時は鷹のマークを意匠として使っていたのですが、1915年に現在の花椿のマークに変わりました。このマークは、初代社長である福原信三が盆に水を張って、その上に椿を浮かべてデッサンしたものが原案になっていると言われています。
注目すべきは、モノクロの新聞広告の時代から現代まで、花椿マークはブランドを代表するイメージとして使われ続けている点です。欧米のグローバルなブランドでもシンボルマークを全く違うものに変更したりする例もありますが、資生堂は一貫して使い続けて、まさにブランドとマークが150年、一緒に育まれているような印象があります。
私もブランディングを担当するときは、できる限り長い目で見て、普遍的に使い続けられるようなものを提案するようにしています。そして5年、10年と経って必要な時が来たら、時代のムードに合わせてベースは変えずにアップデートしていくというのは、ブランドが長く続いていくための一つの秘訣かもしれません。コロコロとロゴが変わってしまうと、消費者から見た時に信頼を得にくいブランドになってしまいますよね。
資生堂欧文ロゴタイプ
こちらは創業当初、様々な欧文ロゴがデザインされては時代の潮流に合わせて変化を続けて、1928年くらいにほぼ現在の形にたどり着いたと言われています。
Sが流線型の形になっていて、これを社員は“流れS”と呼んだりもしますが、優雅で気品のある曲線が資生堂の美意識に通じていると考えられています。
1928年にほぼ現在のロゴデザインに行き着いた後も、視覚調整と言われるロゴのブラッシュアップは数年に一度繰り返され続けています。少しだけ細めがスタイリッシュに感じることもあれば、ボールドな雰囲気が時代にマッチしていることもあるので、時代時代に応じて常に新鮮に新しく見えるように微調整を重ねています。
これは一般の人は見た目ではほとんど気づかないレベル感ですが、その見えないレベル感の中に100種類、いやもっともっと、というくらい間を刻んで検討を重ねます。私は2008年にロゴの視覚調整のプロジェクトにグラフィックデザイナーとして参加しました。プロジェクトの途中で、あれどこが違ったけ?となるような瞬間もあるのですが、長い時間ずっと向き合い続けていると、フッとこのラインだ!と感じるところがあり、その感覚をチーム全員が共有できた瞬間がゴールという極めて感覚的かつ右脳的なプロジェクトでしたが、こうして資生堂のロゴは150年間も使われ続けているんだと思うと感慨深いものがありました。
ちなみに、今欧米のラグジュアリーブランドではロゴのゴシック化が一大トレンドとなっていることをご存知でしょうか。
これには理由があり、業界全体がデジタルへのシフトしているからだと考えられます。もちろんそれだけではありませんが、モバイルサイトや小さなバナーでも視認性をしっかり担保することが大きな理由だと思います。しかし、この白地に黒でゴシック体というフォーマットはブランドにとって没個性を招くのではないかと僕は考えています。エレガントらしさや気品のようなムードは左側の旧ロゴの方が感じますよね。
資生堂はロゴを太くボールドにする視覚調整は数年前に行ったものの、ゴシック体にするには至っていません。ブランドがいつの時代もそのブランドらしくあるために、僕たちデザイナーは常に考え続けていかなければなりません。